何をされたのか分からなかった。





 瞳を閉じる瞬間すら与えられなかった。屋上のフェンスに二人で背中を預けて、隼人はいつものように煙草の煙を吐き出して、私はただぼうっとその煙が青い空に吸い込まれるのを見ていただけだ。雲なんかひとつも浮かんではいなくて、ただただ真青で、その色が眼に鮮やかに焼き付く。静寂は苦しくなかった。むしろ、この景色に音や言葉なんて必要なかった。







 呼ばれて私は隣を見る、と、すぐ傍まで迫っていた銀色に咄嗟に反応できなかった。それはまるでその紫煙が唇を掠めるように余りにも軽やかで、けれどその後に残る苦い味は離れない。唇を離す刹那に、一気にそれが広がったように、思えた。視界が明るくなって、彼の後ろに真青な空が映る。なんて青くて、苦い。

「はや、と」
「お前、眼くらい閉じろよ」
「……なにそれ、隼人がいきなりしてくるのが悪いんでしょ」

 悪かったな、そう小さく呟いた彼はゆっくりと身体を元に戻す。それに伴うように煙草の香りも遠ざかって、好きじゃなかった香りなのにどうしてか恋しくなった。唇にはまだ残っているのに、もう一度それが欲しいと思った。それだけじゃ足りない気がしたのだ。

「ねぇ」
「何だよ」
「もう一回してよ」

 はぁ!? と驚いたように言う彼は、照れているのか少しだけ耳元が赤い。自分からしてきた時はなんとも無かったくせに、どうしてこんなに反応が違うのだろう。それはあの青色と灰色が混ざり合うようだった。相反する二つのものが混ざり合ってそして溶け合って、ひとつになる。あぁ、そうだ、それは私達に似ている。私達はヒトという器があるからひとつになりにくい、けれどあの色たちは隔てがない分あっさりと溶け合って混ざり合ってしまうのだろう。そしてそれはどこまでも甘くて苦くて、零れ落ちるように私たちの中に落ち着くのだ。

「……隼人?」
「うるせぇ! 何でお前、んなこと言って――」
「今度はちゃんと眼、閉じるから」





 薄く紫煙でぼやける青空、それはいつしか溶け合ってひとつになるのだ。私はそれを信じている。







Prelude
だって世界は、こんなにも色に満ちている



(20070403)