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この身の朽ちるような音を聞いた。 銃弾を受けた横腹の傷はさほど深くはなかったらしい。皮を裂き肉をいくらか削ぎ落とした程度の、弾が数ミリ掠ったくらいのものだった。あれは一体何だったのか。日常通りの生活を過ごしていただけだったのだ。そこに非日常が入り込んでくるなど思いもしなかったし、ましてやそれが現実になるなどと。私はただ街に食材を買いに来ていただけだったというのに。ああ、傷が疼きだす。 傷がまだ疼くということは、私がまだ生きているということだ。 「――眼が覚めたか、」 腹の傷が痛むということはなかったが微かな違和感を覚え瞼を持ち上げる。一番に視界に入ってきたのは、いくらか安堵した様子のルートヴィッヒだった。身を起こそうとしたところを「そのままでいい」と静止され、彼自身は傍の簡易椅子に座る。そこでようやく自分がベッドに横になっていることに気付いた。白い部屋、白いカーテン、身につけているものは着ていたはずの紺のワンピースではなく病院で患者が着ているようなそれだった。ああ、あの後病院に運ばれたのかと納得し、それなら傷も痛まないはずだと思う。きっともう手当ては終わり麻酔でもかけられて痛覚が働いてくれないのだろう。 「ルートヴィッヒ、何があったの」 「心配するな、治療は既に済んでいる。痕も残らないそうだ」 「そうじゃなくて、」 街で、何があったの。そう訊くとルートヴィッヒは口を閉ざした。 口では疑問を投げかけているが、しかし心のどこかでは気付いていた。民衆の暴動、反乱軍。流れ弾に当たり、意識を手放す一瞬前に見たのは、軍部をも悩ませている反乱軍を象徴する旗だった。最近は鳴りを潜めていたようだったが、それはこの日の暴動の前触れだったのかもしれない。 「私が上の人間だと知っていたのかしら」 「……反乱は既に鎮圧された。首謀者も捕らえたとのことだ、尋問で判明するだろう」 「尋問、……そう、尋問にかけるのね」 「仕方のないことだ」 そうは言っているけれども、きっと彼は私より酷く疲弊した哀切の表情を浮かべている。尋問するのも国民ならば尋問されるのもまた国民なのだ。どうして自国の民同士で傷付け合わねばならないのだろう、兵士と市民という違いこそあれ本質は何も変わらない同一であるはずなのに。 私達は何を守るために戦うのだろう。あるいは正義と悪の意識。しかし正義は悪であり悪は正義でもある、絶対的なそれらなど有り得ないと我々は気付いている。ならば我々は何を信じ守るためにこそ戦うべきなのだ。思想か、主義か、しかし思想も主義もいずれは変貌するだろう。流動しないものは何か。ずっと心の底にある、信じ守るべき対象は何なのか。 私は。 「――?」 「手、握って、ルートヴィッヒ」 「どうかしたのか?」 「いいから、」 戸惑いの表情を浮かべながらもルートヴィッヒは私の右手を握った。ごつごつと骨ばった、しかしそれにしてはどこか柔らかみのある、温かい手のひらだった。軍服の袖口から覗く手首に浮かぶ血管、確かに脈打つそれを見て安心する自分がいる。生きている。生きているのだ彼も私も。考えるまでもなく、私が信じ守るものは決まっていた。この手の温かさとその動脈が伝える心臓の鼓動とそれに伴う脈音と、彼を存在させるすべてのものを。 ああ、なんと罪深いこと。つまり彼さえ生きていればそれでいいと言っているようなものではないか。心裏に渦巻くのは自嘲のそれに似ている。 「」 けれど彼は私が信じ守るべき愛する人。だから私はその手をまだ放しはしない。
万物よ、
慟哭せよ (20080518 write) (20091117 rewrite) |